Hermès RENNE REINDEERSKIN Leather Long Coat

Hermès RENNE REINDEERSKIN  Leather Long Coat

Hermès（エルメス）の歴史の中でも、最上級の素材と称される「RENNE（レインディアスキン）」　つまりトナカイ革。こちらのHermès RENNE REINDEERSKIN Leather Long Coatは、その希少な天然素材を贅沢に用いた、極めて稀少なアーカイブピースです。流通数の少なさからも分かる通り、一般的なカーフやラムとは一線を画す特別仕様であり、まさにエルメスのクラフツマンシップの粋を体現する一着です。

タグの表記から判断すると、本作は1990年代後半から2000年代初頭にかけて製作された個体と見られます。トナカイ革を使用したアウターはこの時期のエルメスでもごく限られたコレクションにしか登場しておらず、まさに選ばれた顧客のために用意された希少素材。現在では同素材の再生産はほとんど見られず、世界のヴィンテージ市場でも非常に入手困難な逸品です。

トナカイの革は、厳寒の北欧で育った動物特有の繊維構造を持ち、しなやかで柔らかく、そして驚くほど軽い。それでいて非常に丈夫で、長年の使用にも耐える優れた耐久性を備えています。その表面は毛穴が小さく、なめらかでマットな質感を持ち、スエードともヌバックとも異なる独特の深みと光の吸収感を見せます。ベージュトーンの発色は自然そのもの。染料に頼らないナチュラルな美しさがあり、時間の経過とともにしっとりとした艶と柔らかさを増していきます。着込むほどに体に馴染み、世界に一着しかない表情へと変化していく、まさに“生きたレザー”です。

デザインは極限までシンプルに構築されています。5ボタン、クラシックなシャツカラー、ラグランスリーブによる自然な肩の落ち感。シルエットは直線的でありながら柔らかく、着る人の動きに合わせて流れるように形を変えます。ポケットはスラント仕様で、ステッチやパイピングの位置まで精密に設計。すべての要素が「余白の美」を感じさせるエルメスらしい完成度を誇ります。

そして、ぜひご覧いただきたいのが裏地です。

本作はスエード仕上げのトナカイ革を用いているため、表革が裏にくる構造になっています。その裏側、つまり普段見えない部分までもが、まるで上質なカシミアのように美しく、滑らかで、思わず手で触れたくなるほどの仕上がり。エルメスというメゾンは、表から見える部分だけでなく、見えない箇所にこそ真価を注ぐブランドです。裏地の美しさを見れば、その哲学がいかに徹底しているかが伝わってきます。見えない部分に宿る美しさこそ、本物のラグジュアリーである。このコートは、その思想をまさに体現しています。

裏地の素材には「100% Bemberg（ベンベルグ・レーヨン）」が使用されています。ベンベルグは天然由来の高級繊維で、絹のような光沢と通気性、そして静電気を防ぐ特性を併せ持つ希少なライニング素材。これを惜しみなく全体に採用している点からも、エルメスが当時いかに素材選びと着心地を重視していたかが伺えます。袖を通した瞬間に感じるのは、重厚さではなく、驚くほどの軽やかさ。まるで空気をまとうような着心地です。

年代的には、メンズプレタ部門でヴェロニク・ニシャニアンがデザインを手掛けていた時代と重なる可能性が高く、マルジェラ期（1998〜2003）と並行する時期のアーカイブピースとも言われています。90年代末から2000年代初頭にかけてのエルメスは、過度な装飾を排した「静寂のエレガンス」を追求しており、このコートもまさにその哲学の延長線上にある作品です。

当時の定価については、公式資料が現存していません。トナカイ革という特別な素材と、フルレングスのロングコートという構成を踏まえると、当時から非常に高価な位置づけであったことは間違いありません。現在の市場価格100万円という当店の販売価格は、素材・仕立て・保存状態・希少性を考慮しても十分に妥当といえるでしょう。新品での再入手はまず不可能であり、今後も価値が高まるアーカイブピースのひとつといえます。

スタイリングにおいても、このコートは格別です。タートルネックやカシミアニットに合わせれば、柔らかなベージュトーンが上品な陰影を生み出し、どんな装いにも自然に馴染みます。スーツスタイルの上に羽織れば洗練されたクラシックな印象に、デニムと合わせればラグジュアリーなカジュアルスタイルにも対応。ジェンダーを超え、時代を超えて愛用できる“永遠の一着”です。

「Hermès RENNE REINDEERSKIN Leather Long Coat」は、ただのレザーコートではありません。自然が生み出した最高級素材と、エルメスの妥協なき手仕事が結実した、比類なきアーカイブ作品です。見えない部分にまで美を宿すこの一着は、流行ではなく「本質的な価値」を求める方にこそ相応しい。袖を通した瞬間、あなたは“本物の服”というものを実感するでしょう。