HERMES by Martin margiela Paddock COAT Black 42

HERMES by Martin margiela Paddock COAT Black 42

1998年から2003年というわずかな期間、ファッションの歴史において特別な時代がありました。HERMÈS（エルメス）のアーティスティック・ディレクターとして、Martin Margiela（マルタン・マルジェラ）が手掛けたコレクションは、ラグジュアリーの概念そのものを再定義し、静けさと知性に満ちた「真の贅沢」を提示しました。この「HERMES by Martin Margiela Paddock Coat（パドックコート）」は、その象徴ともいえる名作のひとつです。

一見すると控えめな印象のブラックコート。しかし、細部に目を向けると、マルジェラのデザイン哲学とエルメスの職人技が見事に融合していることがわかります。余計な装飾を一切排除し、シルエット、素材、構築の美しさだけで語る究極のミニマリズム。これこそがマルジェラ期エルメスの真髄です。パドックコートは乗馬由来のワークウェアを原型としながら、マルジェラの手によって現代的な構築美を宿した逸品。体のラインを自然に包み込み、動作に合わせて美しく流れるような立体裁断が特徴です。

素材には高密度に織られた上質なナイロンを使用。表面は控えめなマットブラックで、光を吸い込むような深みのある色合いが魅力です。軽量でありながら優れた保温性を誇るキルティング仕立ては、秋冬はもちろん、春先まで幅広く対応。中綿の厚みも絶妙で、過剰に膨らまず、上品なラインを保ちます。袖を通した瞬間に感じるのは、まるで空気を纏うような軽やかさと、内側から感じる温もり。日常における快適さを追求したエルメスのクラフツマンシップと、構築的デザインを信条とするマルジェラの美学が、見事に融合した結果です。

デザインは極めてシンプル。フロントはスナップボタン仕様、襟はクラシックなシャツカラー。フラップポケットをあえて排し、シルエットの美しさを最優先にしています。左右に配置されたパッチポケットは実用性と視覚的バランスを両立。裾や袖口の控えめなラウンドカットが柔らかな印象を添えます。裏地には上質なコットンブレンドを採用し、長時間の着用でも快適な肌触り。縫製は驚くほど丁寧で、ステッチひとつにまでエルメスの誇る手仕事の精密さが感じられます。

本品はサイズ42、カラーは希少なブラック。マルジェラ期のエルメスではベージュやキャメルなど柔らかいトーンが主流でしたが、ブラックのパドックコートは非常に限られた数しか生産されておらず、アーカイブ市場でも滅多に出会えません。しかもこちらの個体は、極めて良好なコンディションを保っています。シェルの光沢やボタンの艶、ステッチの均一さ、どれをとっても使用感をほとんど感じさせません。長い年月を経てもなお、この状態を維持していること自体が奇跡的といえます。

マルタン・マルジェラがエルメスで提示したのは、過剰なトレンドとは一線を画す「静かな贅沢」。それは後のファッション業界で語られる“Quiet Luxury”という概念の原点でもあります。流行やブランドロゴに依存せず、あくまで素材とシルエットの完成度で語るスタイル。パドックコートはその思想を体現したアイテムであり、20年以上経った今もなお新鮮さを失わない普遍的な美を持っています。

スタイリングの幅も広く、カジュアルからフォーマルまで自在。デニムやタートルネックと合わせて都会的なミニマルスタイルに仕上げるのはもちろん、スーツの上に羽織ればビジネスシーンにも映えます。シンプルなデザインだからこそ、年齢や性別を問わずに着こなせ、シーズンを超えて愛用できるのも魅力です。ボリュームを抑えたシルエットはインナーに厚手のニットを合わせてもスマートにまとまり、重ね着の自由度も高い。まさに、タイムレスな“本物の服”と呼ぶにふさわしい存在です。

「HERMES by Martin Margiela Paddock Coat 」は、単なるアウターではなく、ファッション史の中で語り継がれるアーカイブピースです。静謐で知的な美しさ、そして一切の無駄を排した構築美。そのすべてが高次元で調和したこの一着は、マルジェラが残した哲学とエルメスのクラフトマンシップが完璧に交差した瞬間の結晶といえます。ブラックの42サイズ、そしてこのコンディション。すべての条件が揃った個体は、今後さらに希少価値を高めていくでしょう。流行ではなく、本質的な価値を求める方にこそ手に取っていただきたい、真のラグジュアリーコートです。